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(「会計検査研究」 No.19所収) 特別研究官 | 会計検査に関する調査研究 | 外部との交流活動 | 会計検査院 Board of Audit of Japan

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(1)

社会保障と会計検査(下)

(東京大学法学部教授)

(元会計検査院特別研究官)

Ⅰ はじめに

Ⅱ 社会保障関連の検査報告の特徴

Ⅲ 社会保障に関する検査課題

1 合規性の検査(以上17号)

2 有効性・効率性の検査(以下本号)

Ⅳ おわりに

Ⅲ 社会保障に関する検査の課題

2 有効性・効率性の検査

合規性の検査には,前述Ⅲ1(本誌17号)で述べたように,所管官庁が定めた法規範(法令,通達等)

に則って会計処理が行われているかという見地から行われる点に限界がある。つまり,所轄官庁が定めた

法規範自体に,たとえば有効性の見地から問題がある場合でも,それに従って会計処理が行われている限

り,合規性の検査の見地からは非難の余地がない。この限界を乗り越えるのが,有効性や効率性の見地か

らの検査である。

(a) 有効性・効率性検査の意義――社会保障との関係で――

(1) 近年の決算検査報告では,社会保障関連領域で,制度の有効性の見地や,問題のある制度運営・

実施体制の検証という見地から検査を行い(以下では,これを「施策・制度の評価」と呼ぼう),意見表示

や改善措置要求を行っている(前述Ⅱ(2)(本誌17号))。高齢化をはじめとするわが国の社会・経済の

急速かつ大きな変化に対応すべく,社会保障制度の各領域にわたって,近年,法令の改正が行われている。

そうした法令の改正は,前記の社会・経済の変化によって浮上した一定の政策目標を達成する方策として

1956年生まれ。79年東京大学法学部卒業。同年東京大学法学部助手,82年東北大学法学部助教授,93年東京大学法学部助教授を経て,

(2)

行われる。他方では,社会・経済の変化に既存の制度が適合しないために生じている問題も社会保障領域

には多い。したがって,新たに導入された施策・制度が当初想定された政策目標を達成しているかという

評価や,適切な手直しがなされないために問題を抱えるに至っている施策・制度はないかという評価を行

うことは,国の社会保障政策全般を考える上でも重要である(1)。この点,政策立案実施官庁から独立し

た会計検査院が,社会保障関連領域で,意見表示や改善措置要求に積極的に取り組んでいることは,高く

評価できよう(2)。

(2) しかしながら,既に言及したことではあるが,社会保障関連領域に関していえば,施策・制度の

評価にかかる意見表示や改善措置要求の比重はそれほど高くない(前述Ⅱ(2))。その理由としては,い

くつか考えられよう。たとえば,所轄官庁が持つ権限との衝突による限界,会計検査院法上検査院が持つ

調査権限から来る限界,合規性の検査において用いられる,もっぱら会計書類等の証拠書類に依拠して検

査を行うという検査手法に由来する限界等である。それに加えて考えられるのは,施策・制度の評価は,

所轄官庁が設定した法規範そのものの妥当性・合理性を問うという点である。たとえていえば,施策・制

度の評価は,自分の設定した土俵の上に相手を引きずり込んで相撲を取るのである。施策・制度評価の難

しさは,まさにこの土俵の設定にある。このことが,決算検査報告で,社会保障関連領域の施策・制度評

価の占める比重が相対的に少ない有力な原因の一つと推測される。

にもかかわらず,先に述べたとおり,社会保障関連領域での施策・制度評価が今後ますます重要となる

ことは確かである。したがって,会計検査院が,この領域での施策・制度評価に,より一層果敢に取り組

むことが期待される。また,筆者の専攻する社会保障法学の観点からも,施策・制度評価は避けて通るこ

とのできない問題である。なぜなら,この領域においては,法解釈論とともに,法政策の検討が主要な課

題であるからである(3)。法令等の制定という手法を通した施策・制度の設計,そして,法令等の制定に

よって具体化された施策・制度の事後的な評価に社会保障法学は取り組まなければならない。施策・制度

の評価は社会保障法学にとっても重要な研究課題なのである。そこで,以下では,社会保障の領域におけ

る施策・制度の評価について,考え方の整理を試みてみたい。

(b) 有効性・効率性検査の手法――試論

(1) 社会保障の領域での,施策策定とその実現に向けての組織化は,大まかにはつぎのように描くこ

とができよう(以下では,医療および医療保険の領域を例にとる)。まず,ある施策目標(仮にこれを「一

次レベル目標」とする(4))が設定される(たとえば,医療費増加の抑制(厚生省の表現では「適正化」))。

(1)もともと政策・制度は,一定の将来予測に依拠して策定される。しかし,将来予測は困難であるから,定期的な政策・制度評価

とそれにもとづく手直しは必須である。足立幸男『公共政策学入門 民主主義と政策』(有斐閣,1994年)73頁以下。

(2)社会保障の領域でも,多くの関係者の利害が錯綜しているため,既存の施策・制度の手直しが困難であったり,新制度の制度設

計でも利害関係の調整の結果,必ずしも有効・効率的でない制度になったりすることがないわけではない。利害関係に直接関わら

ない独立機関である会計検査院の客観的な政策・制度の評価は,こうした状況のもとでは見逃しえない意義と有益さを持ちえよう。

(3)拙稿「社会保障とは何か」(水野忠恒編『現代法の諸相』(財団法人放送教育振興会,1997年))45∼46頁。

(4)現実には,この一次レベル目標の上位に,より高次の政策目標が存在するのが通例である。そうした,より高次の政策目標は,

複数の領域にまたがる政策目標であることが多い。たとえば,本文で一次目標レベルとした医療費増加の抑制の上位には,年金や

社会福祉等を含めた社会保障費用増加の抑制という政策目標があり,さらにその上位には,国民所得に占める租税と社会保障との

負担比率(いわゆる「国民負担率」と呼ばれるもの)の上昇の抑制という政策目標がある。その意味では,「一次レベル目標」は相

(3)

つぎに,それを実現するための手段(「一次レベル手段」)の選定がなされる(医療消費側(患者)の行動

をコントロールするか,医療供給側(医者)の行動をコントロールするか,あるいはその両者を組み合わ

せるか)。こうして選定された手段が,今度は,施策目標となり(今度はこれを「二次レベル目標」としよ

う),それを達成するための手段(「二次レベル手段」)が選定される。たとえば,二次レベル目標として

医療消費側の行動をコントロールするという目標が設定されたとすると,それを実現する手段として,た

とえば被保険者等の一部負担金の負担率を引き上げるという方策が選定される。以下,階層的に下位のレ

ベルへと目標と手段の具体化が行われる。こうして構想された目標と手段の階層的な構図が,法令の改正

(健康保険法や国民健康保険法の改正,それらの施行令・施行規則の改正),改正規定を実際に適用し事業

等を運営するための解釈の提示(これは通達による),さらには,補助金・負担金等の予算措置によって

現実化される。

施策策定とその実現を,このように一連の目的・手段の階層構造として捉えると,策定された施策の適

切性(あるいは合目的性)・有効性の分析と検証は,この階層構造に沿って行うことになる。順次,階層

を上から下へと辿りながら,各レベルで設定された目標に照らして,手段選定の合理性・妥当性を理論的

に検討し,達成された結果の計測にもとづいて手段選定の妥当性・合理性を検証する。また,この分析結

果を,当該レベルの出発点となった目標へ立ち戻って照合し,当該目標設定の妥当性・合理性の検討を行

う。さらには,逆に階層の下から上へとフィードバックすることで,施策・制度設計全体の一貫性・整合

性の検証へと進む。こうした分析手法をとることによって,政策の適切性・有効性の評価をかなり整理し

て考えることができよう(5)。

この手法の持つメリットの一つは,個々の階層レベルでの目的に照らした手段選択の適正性・合目的性

のみならず,階層構造全体での目的・手段選択の妥当性を検証できることである。政策策定とその実現の

階層構造を観察するとき,ある一つの階層の中では,目的に対する手段の選択が適正と評価できる場合は,

ごく一般的に存在する(たとえば,前記の二次レベル目標たる医療消費行動の抑制を実現する手段として,

一部負担金の負担率を引き上げる)。しかし,個々の階層レベルでそういえたとしても,階層構造全体を

鳥瞰したときに,目的と手段とが一貫しているとは限らない。最下層レベルで実行される手段が,一次レ

ベルの政策目標を達成する手段としては適切ではないため,所期の目標が達成されないことは十分にあり

うる。政策策定と実現の過程を階層化して,上位階層から下位階層へと目的と手段選択の妥当性を階層ご

とに分析し,かつ最下層レベルの手段から逆に最上位の政策目標へと遡って各階層ごとの分析を統合する

ことで,一次レベルの政策目標と最下層レベルの手段との整合性・一貫性を検証できよう。この手法は,

とりわけ,ある一つの一次レベルの政策目標の実現のために,複数の手段や二次レベルの政策目標等が設

(5)以上の叙述については,宮川公男『政策科学の基礎』(東洋経済新報社,1994年)283頁以下,足立・前渇注(1)書55頁以下を参

考にしている。ここで用いているのは,平井教授のいう「目的=手段思考様式」である(平井宜雄『法政策学 法制度設計の理論

と技法(第2版)』(有斐閣,1995年)21頁以下)。このタイプの思考は,実定法の法解釈学で用いる思考様式(平井教授のいう「法

的思考様式」)とは異なっている。ただ,「目的=手段思考様式」が法解釈学と全く無縁というわけではない。類似の思考様式は,

たとえば,法令の合憲性審査について用いられる。一例は,営業の自由に対する規制の合憲性が問題となった薬事法事件判決(最

大判昭和50・4・30民集29巻4号572頁)である。この判決は,薬事法の規制が憲法上許容される立法府の合理的裁量の範囲内にとど

まっているかを判断するにあたり,良質な医薬品の安定的な供給を図るための過当競争防止という立法目的に照らして,その達成

のために薬事法が採用した配置規制という手段に必要性と合理性が認められるかを検討している 。法令の合憲性審査の場合には,

当該の法令そのもの(いいかえれば,その法令が体現している政策・制度)の合理性を審査するので,一種の「目的=手段思考様

(4)

定されている場合に,有効であると考えられる(6)。

(2) しかし,手法を以上に述べたように仮に整理できるとしても,実際に作業を進めるにあたって

は,様々な障碍が存在し,実行はそれほど容易ではない。

一つの問題は,一次レベル目標の妥当性・合理性の検討である。一次レベル目標は,それが政治的な決

定である場合には(しばしばそうであるが),その合理性・妥当性の検証は,最終的には選挙によって行

われる(7)。この役割を,たとえ内閣から独立しているとはいえ,会計検査院のような行政機関が代替す

ることは適切ではあるまい。しかしながら,一次レベル目標を実現するための手段選択と,その手段によ

って達成された結果とに照らしてみて,そもそも目標の設定が適切であったかどうかは問題となりうる。

そして,その判断を選挙民が行うための情報を提供することは必要である。その意味で,内閣から独立し

た行政機関である会計検査院が,研究者やマスコミによる検証と批判とはまた別の意味で,一次レベル目

標の設定の合理性・妥当性を検討する上で必要な情報の提供を行うことは重要であると考える(8)。

もう一つの問題は,一次レベルの政策目標とその達成手段,二次レベルの政策目標とその達成手段とい

う階層化を,具体的な制度・政策について常に行いうるとは限らないことである。法律による制度化や施

策の場合には,それでも,閣議決定,立案過程での各種審議会等での議論,政府法案の提案理由書,国会

審議での大臣や政府委員の答弁を通して,政策目標とその達成手段の階層化が可能である。ここでは,法

解釈学とほぼ同じ手法を用いて,階層化の作業を行うことができよう。ところが,政省令のレベルになる

と,立案過程での議論が必ずしも透明でない場合があり(審議会等に付議しないとき),こうした階層化

は容易ではない。さらに,通達等の予算措置によって,施策が具体化される場合には(社会福祉の領域の

各種事業にはこうしたものが多い),上記の階層化の困難度は大きくなる。通達等を準備する際の議論を

外部から窺い知ることができないからである。この点,スウェーデンの会計検査院の政策評価部門では,

立案に関与した議会(議員),政党,所轄官庁に,想定されている政策目的について,照会や調査を行い,

最終的には,文書によって,当該施策の政策目的を確定し,それを基礎に政策評価を行うという手順を採

用しているようである(9)。爾後,会計検査院が,有効性・効率性の観点からの施策・制度の評価に,よ

り積極的に取り組むにあたって,スウェーデンで見られるような手順を構築することは一考に値しよう。

政策目標を確定し,それにもとづいて政策目標とその達成手段の階層化を行いえたとしても,さらに問

題はある。政策の実施過程での時間の経過とともに,前提となった社会・経済条件等が変化し,当初の政

策目標の重要度が低下したり,消滅してしまった場合に,所轄官庁等が,施策・事業の縮小や停止・廃止

をせずに,当初の政策目標を変更して,施策・事業の維持継続を行うことがあるからである。これを所轄

(6)筆者は,既に,1994年の老齢厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げに関連して行われた一連の公的年金法改正および雇用関

係立法の改正について,こうした見地から論じたことがある。拙稿「労働者の引退過程と法政策(上)(下)」ジュリスト1063号71

頁,1064号72頁(1995年)。

(7)一次レベル目標の合理性は,場合によっては,司法権による法令の合憲性審査によって行われることもある。当該法令の目的自

体が憲法に抵触することも考えられるからである。前掲注(5)・薬事法事件判決も,薬事法の該当条文の目的の憲法適合性を審査

している。

(8) ただし,一次レベル目標の検証は,場合によって,高度に政治的な性格を帯びる。この場合には,その検証を行うこと自体が,

独立行政機関たる会計検査院にも困難であることがありうるのは否定できない。

(9)『スウェーデン王国及びフランス共和国の会計検査院における実態調査報告書』(1998年,会計検査院)(以下では『スウェーデ

ン・フランス調査報告書』で引用する)26頁。ただし,スウェーデンでは,政策立案官庁と事業実施官庁とが分かれていることに

(5)

官庁が無制約に行いうるのであれば,有効性・効率性の見地からの施策・制度の評価は非常に困難となる

(10)

。したがって,当初の政策目標の変更に枠をかけるための手順を考える必要があろう。最近は,いわゆ

る「時のアセスメント」の考え方が導入され,時間の経過とともに,施策・事業の必要性が失われたものの

見直しが行われるようになっている。会計検査院も,同様の見地からの取り組みを行っている。こうした

実践と先例の積み重ねを通して,中途での政策目標の変更をコントロールする手法を模索する必要があろ

う。その際には,前述したスウェーデンの会計検査院政策評価部門の手法も一つの参考となると思われる。

(c) 有効性・効率性検査のための条件整備

(1) わが国の会計検査院が,有効性・効率性に着目した政策・制度の評価を,より積極的に実施する

ためには,それに適した作業環境・条件を整える必要があるのではないかと思われる。ここでは,その例

として,評価の基礎となるデータの収集と分析,検査報告のあり方,および組織の編成を取り上げて検討

することにしたい。

(2) 現在の会計検査は,合規性の検査(財務検査)が中心である(決算検査報告中の「不当事項」がこ

れに該当する)。社会保障の領域でも,近年,有効性・効率性の検査に力を入れているとはいえ,意見表

示・改善措置要求の占める位置は小さく,不当事項の指摘に大きな比重が置かれている(前述Ⅱ(本誌17

号)参照)。合規性の検査が柱であることから,検査は,所定の予算項目に関し,関係官署等(国の出先

機関,地方公共団体,補助金等の支出先など)に調査官が赴いて,会計書類等を調査し,そこから端緒を

発見して(再・新現地調査や照会によって)調査対象を拡大するという手順で進められるようである。合

規性検査では,評価の基礎となるデータは,調査した関係官署等のそれに限られる(そして,調査範囲内

で,不適正な支出額を一円の単位まで確定する)。こうして収集したデータの範囲内で,会計処理行為の

根拠となっている規範(法令・通達)自体やその実施体制に問題があることが判明した場合には,意見表

示や改善措置要求(しばしば制度・政策の有効性・効率性に関わる)へとつながる。

この点,フランスの会計院は,会計書類等の書証に依拠するという伝統的な合規性検査(会計検査)の

手法を採用しつつも,社会保障の領域で,有効性・効率性の見地からの施策・制度の評価に取り組み,成

果を挙げている(11)。その具体的内容の紹介は別の機会に譲ることとし,ここでは,わが国との比較で,

参考になると思われる点を一つだけ指摘することにとどめたい。それは,フランスの場合は,中央の会計

院のほかに,州(r eg ion : 県をいくつかまとめたもの)単位に州会計室(les chambr es r eg ionales des

compt es)が設置されていることである(もっとも,州会計室自体は比較的新しい機関である)。この州

会計室は,県等の地方公共団体の会計検査を独自に行うとともに,中央の会計院の主導の下,それと協力

して国の会計検査にも関与する。また,社会保障(正確には社会保険)に関しては,県レベルで別の監査

機関も設置されている(C OD E C と呼ばれる)。こうした検査体制を組むことによって,中央の会計院は,

州会計室やC OD E C の協力を得つつ,大量のデータの収集と分析を行い,政策・制度の評価に活用してい

る(12)

。また,会計検査である以上,費用面に着目した有効性・効率性の評価も行っているが,その場合

でも,金額は概数を示すにとどまっている。

(10)この点が、会計検査院が実際に政策評価を試みる場合の障碍の一つのようである。

(11)前掲『スウェーデン・フランス調査報告書』163頁以下,185頁以下参照。

( 12) 前 掲 『 ス ウ ェ ー デ ン ・ フ ラ ン ス 調 査 報 告 書 』 125頁 以 下 , 188頁 以 下 参 照 。 ま た , 最 低 自 立 所 得 制 度 ( R ev en u m i n i m u m

d'inser tion R M I)に関する会計院の報告でも,本文のような方法がとられている(Ⅲ1(3)(本誌17号)参照)。

(6)

こうしたフランスの会計検査機構の組織と比べた場合,わが国の会計検査院は,地方に手足となる機関

を持たないため,施策・制度評価に必要なデータの収集・分析力が万全とはいい難いのではあるまいか。

調査官が現地に赴いて,実際に会計書類等を点検し,担当職員等に面接して調査することは重要であるが,

データの収集・分析の多くをそれに依存するのは,行政機構が肥大・複雑化し,情報量が飛躍的に増えた

現代においては,限界があるように思われる。

他方,伝統的な会計検査(合規性検査)とは異なるアプローチを採用するのが,スウェーデンの会計検

査院政策評価部門である。ここでは,計量経済学や統計学の手法を応用して,データの収集と分析を行い,

大きな成果を挙げている。現地調査等によってデータの収集を行うが,その際,施策・制度評価を統計的

な分析にもとづいて行うことが可能なように,収集方法を設定する。たとえば,社会保障給付の場合,受

給者世帯等を無作為抽出し,当該給付の政策目標(この政策目標の確定は,前述(b)(2)の手法によっ

て行う)に沿って,統計的に分析し(所得階層別に分析する等),さらに,シミュレーションを行って,

目標の達成度を計測する(13)。10年にわたる追跡調査まで行っている例もある(14)。

ここに紹介したスウェーデン会計検査院のアプローチによる施策・制度評価が常に成功を収めるわけで

はないであろうが,会計検査(合規性の検査)を基礎として施策・制度評価を行っているわが国の会計検

査院のアプローチと比べると,新鮮さ・斬新さが際だっている。わが国において,会計検査の枠の中で,

こうした分析・評価の方法を取りうるとは直ちには考えがたいものの,施策・制度の評価を今後進める上

で,参考にする余地はあろう。

(3) 有効性・効率性の観点からの施策・制度の評価を適切な形で発表するためには,検査報告のあり

方についても,工夫をこらすことが考えられてよい。現在の会計検査院の検査報告(「決算検査報告」)は,

年一回の公刊である。一会計年度に行った関係各省庁・諸機関・諸団体のすべてにわたって,網羅的に検

査の結果が列記される。こうした検査報告のあり方は,伝統的な会計検査(合規性の検査)には適合的な

スタイルであろう。法令・通達等の準則に適った公金支出・会計処理が行われていたかどうかを検査する

のであるから,すべての決算が終わった後で検査を実施し,不当な公金支出や会計処理を指摘すれば,合

規性検査活動の目的は達成されるからである。

施策・制度の評価は――会計検査院が行うのであるから伝統的な会計検査が基礎になるにしても――合

規性の検査とは目的を異にする。政策目標に対する達成手段の選択・設計のあり方について,有効性がな

い,あるいは疑わしい点,もしくは非効率的である点を摘示すれば,施策・制度の評価の目的が達成され

るのではない。有効性が認められる,効率的であるということも,重要な施策・制度評価の結論である。

したがって,問題点のみを記載する検査報告は,施策・制度の評価活動の報告のスタイルとしては適切で

はない。なによりも,問題点のある部分のみを検査報告で取り上げると,施策・制度全体としては,合理

性があり,有効性・効率性も相当程度認められるという評価が付与されるべき場合であっても,あたかも

施策・制度全体に問題があると受け取られかねないという問題がある。検査対象とした施策・制度全体に

わたって,手段の選択・設計の有効性・効率性を検証し,肯定的・積極的な評価が認められる部分ととも

に,なお改善の余地のある部分を指摘するという形をとって,十分な施策・制度の評価の報告となると考

えられる。

(13)前掲『スウェーデン・フランス調査報告書』27頁以下参照。

(7)

施策・制度の評価報告が,上記のような内容になるとすれば,一つの施策・制度に関する報告の内容は,

質・量ともに,不可避的に大きく増加する。したがって,一件あたりの頁数に限りがある年一回の検査報

告の中に,総合的な施策・制度評価の結果報告を含めるのは難しくなるであろう。たびたび言及したフラ

ンスの会計院,スウェーデンの会計検査院は,いずれも,年一回の会計報告とは別に,特定の施策・制度

について,個別に報告書を公刊するようになっている(15) 。わが国の会計検査院も,施策・制度評価につ

いては,別個の報告書を作成・刊行するという方向を考えるべきであろう(16) 。また,年間に複数の報告

書を発表することは,会計検査院の活動の活発さをアピールするというメリットもある(17)。

(4) 現在のわが国の会計検査院は,中央官庁別に縦割りで局・課等を編成する組織形態を採用する。

ある課が,その担当する官庁(たとえば厚生省)を対象に,合規性の検査と施策・制度評価との両者を同

時に行う。しかし,既に述べてきたところからも明らかなように,有効性・効率性・合目的性の見地から

の施策・制度評価は――伝統的な会計検査をベースにするとしても――合規性の検査とは,かなり異なる

固有の目的と手法を有する。この両者を同一の部署に担当させるのは,適切ではあるまい。

この点,スウェーデンの会計検査院は,合規性検査部門と,政策評価部門とを部局として分離独立させ

るという機構を採用している。こうした組織形態をとった理由として,それぞれの検査・評価の担当者に

要求される能力・資質がまったく違うこと,両者の基本的考え方や理念が異なること,同一部署で両方の

検査・評価を担当すると,合規性検査の担当者の声が大きくなりがちであること,といったことが挙げら

れる(18) 。フランスの会計院の場合も,社会保障担当部局についてみれば,合規性の検査を担当する部署

と施策・制度の評価を担当する部署とは別になっている(19)。

こうした例に鑑みれば,施策・制度の評価にこれまで以上に積極的に取り組むためには,会計検査院の

組織上,施策・制度評価担当の位置づけを明確化することが必要であろう。スウェーデンのように,完全

に部局を分けてしまうという方法もありうるが,少なくとも,フランスのように,対象官庁ごとに,合規

性の検査担当と施策・制度評価担当とを別々に編成するということを検討すべきである。こうした体制を

とることによって,はじめて,わが国の会計検査院も,有効性・効率性の見地からの施策・制度評価に正

面から取り組むことが可能になると考える。

(15)フランスの会計院の場合の,個別報告書の公刊に至る事情と,そのメリットについては,前掲『スウェーデン・フランス調査報

告書』169∼170頁参照。

(16)わが国でも総務庁行政監察局の報告書は,個別テーマについての報告書となっている。

( 17) フ ラ ン ス の 会 計 院 が こ の 点 を も 考 慮 し , 個 別 報 告 書 の 刊 行 に 至 っ た こ と が 参 考 に な る 。 拙 稿 「 フ ラ ン ス 会 計 院 ( C ou r d es

comptes)と社会保障会計検査(2)」(本誌16号)75頁注(11)参照。

(18)前掲スウェーデン・フランス調査報告書67∼69頁。

(19)前掲スウェーデン・フランス調査報告書125頁。ただし,1997年10月以降は,労働雇用担当が,「部」に編成替えとなっている。

なお,合規性の検査を担当する部署(sect ion j ur idict ionnelle)と社会保障担当部署とが分かれているのは,検査・評価の目的の違

いとともに,社会保障機関が(中央レベルを除けば)国の行政機関ではないことにも由来している点に注意が必要である。前掲

注(17)

(8)

Ⅳ おわりに

65歳以上人口の予想を上回る増加,少子化の一層の進行という状況に直面して,わが国の社会保障制度

は,医療,年金,介護,保育・育児といった様々な分野で,対応が迫られている(20)。従来の枠組みによ

っては,十分な対処ができなくなっていたり,新しい制度が導入されたものの,その成果が必ずしも明確

でないといった施策・制度が存在する。こうした施策・制度を洗い直し,将来の方向性を示すことは,す

でに強調したように,独立行政機関である会計検査院が果たすべき重要な役割である。従来の会計検査の

手法をベースとした,有効性・効率性の観点からの施策・制度評価は,他の監査官庁には行うことのでき

ない,会計検査院独自の,貴重なものである。この点で,会計検査院に寄せられる期待は大きい。しかし,

他方で,本稿でも検討したように,社会保障の領域で,従来の合規性の検査の枠を超えて,有効性・効率

性あるいは合目的性の観点からの施策・制度の評価をさらに積極的に行うためには,いくつかの課題が存

在する。これらの課題を,即時かつ同時に解決することは実際上困難であろう。それでも,近い将来のう

ちに,議論の道筋をつけることを望みたい。

会計検査院が,施策・制度評価についての研究と実践をさらに積み重ね,この領域で新しい境地を開い

て,国民の福祉の向上に寄与する社会保障制度の構築に,大きな貢献をすることを期待しつつ,本稿を閉

じることとしよう。

(20)もちろん,本文に列挙したもの以外にも,重要な領域が存在する。障害者がその代表例であるし,現在,社会的に問題となって

いる失業も―|それがヨーロッパのように構造化し,長期失業の問題に発展すると―|社会保障制度にとって重要な問題となりう

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